20 4 米沢市内各宗寺院住職をもって「米沢市各宗同盟会」を結成し創立す。
21 9 「各宗同盟会」を「各宗合議会」と改称す。
22 4 米沢監獄教誨師に仏教、キリスト教を通じ始めて、本会第二代会長木村潤石師推挙任命される。
23 9 会名を「米沢仏教興道会」と改称、社会教化に努める。始めて会則を制定し、評議員等の役員組織をつくる。
31 4 米沢市南置賜郡連合会の日清役戦没者招魂祭を仏神両式をもって米沢市松ケ岬公園招魂社において執行する。
32 10 仏教青年会を設立結成する。
32 11 縁故の無い獄死者を東源寺に合葬、墓碑を建立し施餓鬼会を厳修す。
43 5 米沢仏教興道会、仏教婦人会、両忘会、志道会連合により法泉寺大庭園において盛大なる釈尊降誕祭を行う、これが米沢における「花まつり」の最初となる。
43 8 米沢市長二村忠誠氏の時代、旧七月の孟蘭盆の行事を太陽暦で実行すべしとの厳達により種々協議検討の結果、これを陽暦八月に実行することとなり、市及び町用番に通知す。これが八月盆の始まり。
1 12 明治天皇崩御による大赦令発布記念として米沢市及び置賜三郡有志協力のもとに免囚(釈放者)保護事業団体「置賜仏教慈善会」設立す。
9 9 興道第一幼稚園創設。関興庵にて開園式を行う。当初入園児16名。
9 10 米沢市北寺町西ノ丁に興道第一幼稚園(現興道北部保育園)園舎新築竣工す。
12 5 市内上花沢旭町常信庵内に興道第二幼稚園を設立す。
13 5 市内門東町上ノ丁に興道第三幼稚園(現興道南部保育園)を設立。
13 7 本会が、司法大臣を会長とする輔成会及び釈放者保護連合会に加盟す。
14 2 米沢警察署内にある同仁会に協力のため市内托鉢を行い貧困家庭の救済を援助す。
14 4 釈放者保護団体「置賜仏教慈善会」を本会に合併し司法保護事業を開始す。
14 5 米沢仏教興道会、米沢高工校仏青、仏教婦人会、両忘会、小供協会、幼稚園、日曜学校等協力し、「花祭り同盟」を組織し、この組織が主体となって盛大なる花まつりを行う。松ケ岬劇場にて法要、講演会等昼夜三回にわたって実施す。
14 8 本会事業として始めて、米高工校仏青並びに米沢仏教児童協会会員等の協力を得て白布高湯にて林間学校を開設す。応募児童27名であった。以後毎年開校す。
14 8 神明片町市営長屋3棟30世帯を対象に当時の米沢高等工業学校(現山大工学部)仏教青年会の協力を得て向上倶楽部を作り、初めて隣保事業の第一歩を踏み出す。
同年、宮内省事務官が神明片町市営長屋を視察のため来館す。
14 8 米沢仏教児童協会を結成。南北幼稚園を託児所とする。
14 12 司法省より司法事業奨励のため金三十円を下付される。
14 12 山形県より保護事業に対し金五十円を下付される。
15 5 本会に次の各部を設置し、活発なる活動に乗り出す。
(1)布教部 (2)釈放者保護部 (3)教化救済部 (4)児童保護部 (5)その他
15 8 山形県より隣保事業に対して二百五十円の補助を受ける。
15 9 向上倶楽部と併設する託児所施設を総合して隣保館として開館式を行う。
15 10 隣保館の一部を開放して授産場を設置。苦境に喘ぐ細民子女に職を与える。
15 11 米沢市社会課の申し出により米沢仏教興道会、自彊会、警察署同仁会、方面委員等が加わり「米沢社会事業連合会」を組織し、経済の不況に遭遇する細民の救済に力を注ぐ。
2 2 隣保事業に対して、山形県より百五十円、司法省より七十円を下付される。
2 3 当月中旬発生した京都府下奥丹大震災救援のため義援托鉢を三日間行い、更に講演会を催し支援を喚起す。
2 4 従来、市より借り受けてある旧神明片町市営長屋の4戸を更に3棟30戸全部を借り受け、県補助を得て小住宅を経営し、本格的に隣保事業に乗り出す。
2 5 米沢市役所と協力し、第1回乳幼児愛護デーを催し、東京ミルク製造本舗和光堂よりの応援を得て映画及び講演会を開く。
2 6 仏教興道会後援会を組織し、膨大なる借財返済並びに将来の財団法人設立のために一般に会員を募集。
2 12 興道会の社会事業奨励のため、 内務省社会課属が県社会課の案内により視察に来会す。
3 8 山形県主催による全国産業博覧会が山形市にて開かれ、同時に催された教育博覧会に米沢仏教興道会の事業一般を図解し提示して社会に大きな感銘を与えた。
4 2 宮内省より金百円の御内とう金下賜、内務省より金百円の下付あり、また山形県より三百円、米沢市より百九十円の助成金を受ける。
5 恩賜財団慶福会より初めて助成金五百円の交付を受ける。その後、御内とう金を始め輔成会(会長司法大臣)、三菱助成金住友助成金、三菱補助分配分、三井報恩会等より逐次助成金の交付を受ける。
5 5 第6回のはなまつりにおいて、初めて白象を作り背上に花御堂を安置して大通りを練り歩く。
6 4 興道第二幼稚園を興道幼稚園となし、同時に興道第一幼稚園を第二幼稚園と改め、第三幼稚園を第一保育園と改めてこれに託児所を併合す。
6 8 白布高湯温泉に県立の林間学校開設される。これにより興道会主催の林間学校を中止す。
7 4 米沢市営貸家(長屋)3棟150坪の無償払い下げを受く。
8 11 不景気による隣保館細民家庭中の極貧家庭児童に対し毎日一食分の弁当を与え、給食の世話を始める。これは昭和15年まで続く。
10 10 興道会鈴木宥信会長、第8回全国社会事業大会において、大会総裁高松宮殿下より表彰される。
11 9 旧東町東泉寺跡に隣保館を移転新築完成した。従来の事務所(成就院)を隣保館に移し、旧南町の隣保事業を移転拡充して養老保護者の収容20名定員及び釈放者収容保護等を開始すると共に、母子ホーム1棟7戸を新築して母子保護も行う。併せて産院等を併設。
仏教興道会創立五十周年の行事を行う。
14 9 会の発展、諸施設の充実に伴って保健部を設置し、県の補助を得て保健婦を常在せしめ給食衛生の完璧を期す。
15 11 新たに南町元市営長屋跡に「護国の家」(戦死者遺族ホーム)3棟10戸(親和寮)を新築して軍人遺家族の援護を行い、同時に旧東寺町に「厚生館」2棟12戸を新築して生活困窮者の住宅保護を行う。
17 8 天皇、皇后両陛下より特別の思召をもって煉乳御下賜に相成る。
19 1 有栖川宮殿下より事業拡充奨励思召により金五百円下賜される。
19 5 太田町部落八幡堂に農繁託児所を開設す。
19 8 帝都児童疎開の市内寺院への受入をし、家族を含め高岩寺に46名を収容して愛護教導す。
19 9 興道幼稚園(常信庵)を廃止す。
19 10 皇后陛下より南部保育園に対し奨励の思召により金一封御下賜あり。
20 1 宮内省より事業奨励の思召により金一封(五千円)の御下賜あり。
20 3 米沢仏教興道会は財団法人設立認可される。
20 11 興道会内に書道会を設立、顧問に宇佐美米沢市長、赤井図書館長他を委嘱す。
21 1 隣保館、興道会の事業報告書を進駐軍マッカーサー司令官へ提出す。
21 7 戦災孤児13名の委託を受ける。(これが養護施設・興望館の前身である)寮母2名、事務員3名で行う。
21 10 青年僧侶が白道会を結成し、農村を行乞し白米野菜などの施与を受け戦災孤児疎開者への食料確保に奔走す。
21 1 高松宮殿下、隣保館を視察し戦災孤児を慰問される。
22 1 授産場の落成式を行う。
22 5 母子ホームを改造して興望館と称し、戦災孤児並びに浮浪児の保護を行う。
22 8 天皇陛下隣保館に行幸、親しく御視察され、会長以下役員に対し激励のお言葉を賜うと共に、老人、戦災孤児、戦没者遺家族並びに引き揚げ者等を慰問される。
22 8 戦災孤児3名を残し他は全部引き揚げとなる。
22 10 隣保館は旧生活保護法による生活保護(養老)施設として指定される。
22 12 戦後、仏教興道会の名称は望ましくないとの議起こり県当局にそれを訊い、差し支えない旨の返答を得、仏教の二字をそのままに入れ、かつ定款を一部改正する。
23 5 児童福祉法施行に伴い、興望館(養護施設)、親和寮(母子寮)並びに南・北両保育園はそれぞれ児童福祉施設として認可される。
23 8 本会として初めて第一回の共同募金配分金により興望館並びに親和寮の改修工事を行う。
23 8 興道第一保育園を興道南部保育園と、興道第二幼稚園を興道北部保育園と改称す。
24 1 隣保館敷地内の母子ホーム(興望館の一角)より失火し、母子ホーム及び興望館1棟85坪を全焼す。
24 2 米沢市会議室において興望館復興対策実行委員会を開き、養護施設「興望館」は旧南部馬市場跡に設置、公立民営として経営は本会委嘱に議決す。
24 2 財団法人寄付変更認可される。
24 3 山形軍政部デビス厚生課長視察のため来館す。
24 5 山形軍政部カスター司令官隣保館視察のため来館す。
24 6 旧南部馬市場跡に復興中の興望館竣工す。同日、市立に移管して事業一切を引き継ぐ。
24 12 焼失せる興望館跡に新増築せる養老施設完成し、収容定員60名となる。
25 5 旧生活保護法の改正により隣保館が養老施設として認可される。また更生緊急保護法による更生保護施設併置の認可を受く。
25 6 地域青年により興道西部託児所を旧番正町松原寺に開所す。 児童30名を収容す。
25 8 西部託児所の園舎を木場仲町に新築し、松原寺より移転す。
25 10 西部託児所を本会に移管し興道西部保育園と改称、認可を受く。
25 11 宮内庁総理府事務次官一行視察のため来館す。
26 5 「子供の日」にあたり児童憲章制定を記念して興望館において市内児童施設収容児の子供大会を催す。
26 6 本会講堂に於いて第1回県下養老施設協議会開かれる。
26 9 初めて「老人の日」制定され祝賀行事を催す。
27 2 本会講堂において置賜保育大会開催される。
27 5 社会福祉法人への組織変更の件、厚生大臣より認可される。隣保館の増改築中の静養室等落成し収容定員90名となる。
27 7 第1回東北・北海道ブロック養老事業協議会が隣保館及び赤湯町において行われる。
28 9 「仏教タイムス」支部を結成、本会内に事務所を置く。
29 10 隣保館に興道隣保館診療所開設。
30 5 興道隣保館診療所は医療法による認可を受ける。
31 4 定款変更に伴い興道隣保館と改称す。
31 12 宮内省より特別御下賜金拝受す。(以後、昭和37年迄毎年御下賜金拝受す)
32 4 本会創立七十周年記念式典、記念事業を行う。記念行事の一つとして全県下の保育園、幼稚園の関係者を対象として保育講習会を行う。
33 12 国、県の補助金及び社会福祉事業振興会の借入金により興道隣保館増改築工事竣工す。
37 4 南部、北部両園は共同募金会及び米沢市の助成を得て増改築し、それぞれ定員が90名、80名となる。
38 6 通町地内に興道隣保館を移転新築し第一期工事完成、引き続き第二期工事に着工す。
38 7 老人福祉法が制定され興道隣保館は養護老人ホームとして認可される。
39 4 興道隣保館は「ひばりが丘老人ホーム」と改称し、併せて定員100名として開所す。
40 3 旧南町隣保館の一部建物を移動し、本会事務所を本町三丁目に移転し会務を開始した。
40 4 宮内省より最後の御下賜金を受ける。
41 9 興道西部保育園及び興道南部保育園の新園舎落成す。
41 10 興道西部保育園及び興道南部保育園の規模及び園児定員数変更し認可を受ける。西部定員90名、南部定員120名となる。
42 6 東部地区地域住民の強い要望により、東部地区保育所を新設すべく市内花沢上野町地の寺院境内地を東部保育園用地として成就院より無償借り受ける。
43 3 新たに興道東部保育園園舎竣工し、県より認可を受け児童定員40名として保育事業を開始する。
44 9 興道東部保育園の乳児室を増築す。11月に県知事の認可を受け40を60名に増員する。
48 11 競輪公益補助金により移転新築した興道北部保育園において業務を開始す。
このとき定員は80名より110名となる。
49 10 親和寮(母子寮)を廃止する。
本施設は、昭和15年戦没者遺家族援護の目的をもって護国の家として建設され、戦後の昭和23年からは、児童福祉法に基づく母子寮として母子家庭の福祉の増進に努めてきた。廃止時の措置家族は三家族に過ぎなかった。
50 3 興道親和乳児園創設。定員、二才未満時40名である。
52 9 日本自転車振興会及び山形県、県共募の補助を受けて老人ホーム集会室を増築す。
54 4 市内各宗寺院の青年僧侶により米沢仏教興道会を母体として新たに米沢仏教興道青年会を発足する。 これより毎年、街頭托鉢を行い社会の恵まれない人々のために募金活動を行う。
55 9 老人ホームにおいて地域社会との交流を深めまた老人の意識の昂揚を図るため初めて文化祭が開催される。
57 3 中央競馬社会福祉財団及び県、米沢市より助成金及び補助金を受けひばりが丘老人ホームの厨房・浴室増改築工事完成す。
58 4 興道西部保育園は定員90名から60名に定員変更す。
60 8 養護老人ホームひばりが丘老人ホームの移転改築工事を米沢市大字笹野字石垣町地内で着工す。
61 3 本会創立百周年記念事業であったひばりが丘老人ホーム移転改築は国・県補助事業により竣工す。
61 4 老人ホームは通町より米沢市大字笹野202番地の3に移転し業務を開始す、定員100名。同月、興道南部保育園の定員120名、興道北部保育園の定員110名がそれぞれ90名に変更となる。
61 5 本会創立100周年記念式典並びに祝賀会を挙行す。また100周年を記念して新バッチを制定する。
61 7 簡易住宅・厚生館の事業を廃止す。
63 4 社会情勢及び保護者のニーズに応えるため、本会設置経営の保育園5ケ所において午前7時30分より午後7時までの延長保育に踏み切る。興道親和乳児園において本会始めての乳児保育特別対策による0才児の乳児保育を実施する。平成元年度は本会の0才児乳児保育は4ケ所となる。
~元年 2 昭和天皇の「大喪の礼」に当たり会員一同により本会礼拝堂に於いて法会一座を厳修す。(H1.2.24)
~元年 5 5月2日に、米沢仏教興道会は、高橋幸翁 米沢市長より市制施行百周年記念式典に当たり、本会創立以来百余年の功績に対して表彰を受ける。
~元年 9 養護老人ホームひばりが丘老人ホームの隣接地に日本船舶振興会補助により特別養護老人ホーム及びディ・サービスセンター新築創設工事を着工す。
~2 4 ひばりが丘老人ホーム第二は米沢市大字笹野170番地に業務を開始す。事業の内容は以下の通り。(4月1日付)特養50名(内痴呆個室2名)、ショートステイ4名、ディ・サービスセンター平均一日15名通所事業。
~3 4 ひばりが丘老人ホーム第二において在宅介護支援センターの事業及びホームヘルプサービス事業を開始す。(4月1日付)
~3 9 米沢市本町3丁目1番20号の木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建て法人本部事務所を取り壊す。
同月、法人本部事務所を米沢市本町3丁目1番20号から米沢市大字笹野170番地ひばりが丘老人ホーム第二内に移転す(平成3年9月30日)。
~4 4 興道会全施設に「育児休業及び育児短時間勤務等制度」を施行す。興道会全保育園において週40時間に向けた4週5休体制を試行実施す。
~4 9 平成4年度日本船舶振興会補助事業による特別養護老人ホームひばりが丘老人ホーム第二の増築工事を着工す。
~5 4 特別養護老人ホーム・ひばりが丘老人ホーム第二は既存の定員50名に増床30名分の80名定員として事業を開始す。
~6 4 興道会全施設は、1週40時間勤務の完全実施に入る。
~7 8 平成7年度日本船舶振興会補助事業による特別養護老人ホームひばりが丘老人ホーム第二のショートステイ等増築工事を着工す。
~7 11 興道会全施設に初めて介護休業制度を施行す。
~8 3 ひばりが丘老人ホーム第二の平成7年度ショートステイ等増築工事竣工す。3月22日に竣工し、即日請負高事業者より増築建物及び設備備品の引き渡しを受ける。ショートステイ16床、家族交流スペース、地域交流スペースの各増築介護支援センターの新築によりショートステイは定員20名となり、家族宿泊室、ボランティア宿泊室などができる。
~11 9 9月14日ひばりが丘老人ホームの敬老の式典において、公募していた新名称の採用者に感謝状を贈呈する。
@ ひばりが丘老人ホームの新名称「星の村」
A ひばりが丘老人ホーム第二の新名称「花の里」
~11 10 10月1日、養護老人ホームのひばりが丘老人ホームを「星の村」に、特別養護老人ホームのひばりが丘老人ホーム第二を「花の里」に名称変更した。
~12 山形県保育所整備補助事業により、プチハウス新築工事を着工プチハウスの用地は米沢市より無償貸与される。
~13 4 4月1日、プチハウス(乳児園)創設開所す。入所定員45名、併せて、保育所の特別保育事業として指定施設型の米沢地域子育て支援センター「くれよん」の事業開始す。同時に、平成11年4月にすこやかセンターで新規開所していた米沢市ファミリーサポートセンターを米沢市直営のままプチハウスに移所して事業開始す。
~15 4 4月1日、米沢市ファミリーサポートセンターを米沢市より委託されプチハウスにおいて事業開始す。
~15 9 山形県保育所整備補助事業により、興道北部保育園の移転増改築工事を着工
~16 4 4月1日、移転地において興道北部保育園を開所す。定員110名一時預かり保育事業、休日保育事業を併せて行う。
~17 4 4月1日、興道北部保育園の定員を120名に変更。
~18 2 平成17年度財団法人中央競馬馬主社会福祉財団助成事業によりプチハウスの米沢地域子育て支援センターを増築す。(増築床面積; 66.0u)
~20 10 10月6日、全国社会福祉協議会設立百周年にあたり本会の社会福祉貢献の表彰状を受ける。
~22 10 平成22年度保育所緊急整備事業費補助金(山形県安心こども基金特別対策事業)施設整備事業により、行動東部保育園の移転増改築工事を着工。
~22 10 平成22年度山形県社会福祉施設整備費補助金により、養護老人ホーム星の村のスプリンクラー設備増設工事を行う。
~23 4 4月1日、移転増改築した興道東部保育園を移転地下花沢で開所す。
興道東部保育園の定員を60名から90名に変更
~24 1 東日本大震災及び東京電力福島原子力発電所水素爆発の放射性物質飛散による避難児のため1月4日に興道南部保育園を中心園として既に閉鎖した元米沢市立東部ひかり保育園の園舎を借用し分園「光」を開設す。
分園定員20名興道南部保育園の定員は併せて110名となる。
~25 3 興道南部保育園を本町二丁目から本町一丁目に移転増改築する。
本園の定員を90名から100名に変更する。また、新たに病児保育室「りんごのへや」を併設し、事業を開始する。
氏名 寺院名 在位
初代 篠田 宥謙 法音寺
明治23年 9月〜明治39年 8月
二代 木村 潤石 関興庵
明治39年 8月〜大正11年 8月
三代 鈴木 宥信 成就院
大正13年 6月〜昭和16年11月
四代 渡部 玉仙 常信庵
昭和16年12月〜昭和18年12月
五代 西山 法輪 高国寺
昭和19年 1月〜昭和24年 3月
六代 法人初代 越中谷 賢竜 松原寺
昭和24年 4月〜昭和31年 8月
七代 法人二代 関興庵
昭和31年 8月〜昭和41年 5月
八代 法人三代 鈴木 宥運 成就院
昭和41年 5月〜昭和47年 5月
九代 法人四代 熊野 月宗 透林寺
昭和47年 5月〜昭和60年 7月
十代 法人五代 浦安 滉勝 乗善寺
昭和60年 7月〜昭和63年5月
十一代 法人六代 長谷川 慎省 輪王寺
昭和63年5月〜平成2年5月
十二代 法人七代 越中谷 賢尚 松原寺
平成2年5月〜平成4年11月
十三代 法人八代 玉木 龍晃 日朝寺
平成4年12月〜平成26年 5月
十四代 法人九代 熊野 龍雄 透林寺
平成26年 5月〜現在


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